第一章 分子の三次元構造

ねらい

この章では、まず分子の構造は普通教科書で見られる平面構造式では十分に表現できない場合があること、それは分子の中で原子が3次元的に配列されているためであることを理解する。

有機化合物の立体構造は炭素の混成原子軌道の形と性質によって著しく制約を受けている。ここでは、分子の形に特に関係深いsp3およびsp2混成軌道の形を学ぶ。

分子の形を調べるには模型の助けをかりるのが便利である。市販の分子模型をその特徴に従って分類する。

化合物の命名にはいろいろの方法があるように、有機化合物の立体化学の命名法(表記法)も一通りではない。特に順位規則に基づいた命名法は、化合物命名法でいえば系統的命名法に対応し、広く利用できるのでその基本を学ぶ。

一章の目標

本章を終えると、以下のことができるようになる。

  1. 有機化合物は紙面に印刷されたような平面構造ではなく3次元構造を持ち、その形は炭素原子の混成によって決まること、混成にはsp3、sp2、spの3種があることを理解する。
  2. この3次元構造のため、平面的に書いた構造式は同一でも、原子の空間的配列のしかたが異なる立体異性体が存在すること、その1例として、互いに左手と右手の関係にある一対のエナンチオマー(鏡像異性体)を学ぶ。
  3. 分子の立体構造を理解するには分子模型の助けをかりるのがよいこと、分子模型にはその考え方や目的に応じて幾つかのタイプがあることを知り、もしできたら実際に分子模型を利用してみる。
  4. 分子の構造は必ずしも固定したものではなく、結合のまわりの回転などによってその形が変化する場合もあることを理解する。

新しい用語と概念

以下の用語の半分以上の内容が頭に浮かぶようであれば、直ちに問題に取り組んでよい。

問題へ

そうでない場合は、身に付いていない用語をクリックして見直してから問題に取り組もう。

分子式 示性式 構造式
二面角 炭素原子軌道 sp3混成
正四面体構造 立体異性体 エナンチオマー(エナンチオ異性体)
立体配置 sp2混成 正三角形構造
sp混成 直線構造 分子模型
空間充てん型(模型) 骨格型(模型) 球と棒(模型)
自由回転 束縛回転 順位規則
レプリカ原子    

Summary

S1.1 分子式、示性式、構造式

  • 分子式 : 1分子中に含まれる原子の種類と数を示す。
  • 示性式 : 分子内に含まれる官能基(多重結合を含む)をわかりやすく書き出した式。
  • 構造式 : 価標を用いて分子内での原子の結合順序を明示した式。

S1.3 分子模型の種類

分子模型は次の3種に大別される。

  • 空間充てん(space filling)型 (例:Stuart模型)
  • 骨格(skeletal)型 (例:Dreiding模型)
  • 球と棒(ball and stick)型 (例:HGS模型)

S1.4 順位規則

  1. 問題とする中心原子に直接結合している原子(第1原子)の質量数の大きいリガンドが優先順位が高い。
  2. 直接結合している原子の比較で優劣がつかない場合は、中心原子から結合2本をへだてた原子(第二原子:1つとはかぎらない)の比較で判定する。優劣がつかない場合は以下第三、第四原子と順次比較する。
  3. 多重結合に対してはレプリカ原子を補う。すなわち多重結合の多重度だけの同種原子と結合しているものとみなす。

S1.5 代表的リガンドの優先順位(低位→高位)

この順位は置換によって容易に変動するので注意を要する。たとえばメチルCH3-はエチル-CH2CH3より低位であるが、フルオロメチル-CH2Fはエチルより高位である。


図1.1